ドラゴンズ背番号物語。ラスト2は第2代ミスタードラゴンズ高木守道です。攻走守の3拍子揃った選手でしたので、その攻守走の3回に分けて書きます。初回は「攻」です。

高木は名門県立岐阜商業を卒業後、1960(昭和35)年にプロ入りしました。高卒にも関わらず、直ぐに一軍での出場機会を与えられ、同年5月7日の対大洋戦で代走として途中から初出場。直ぐに初盗塁を決めて、その後回ってきた初打席でいきなりの初本塁打。これはプロ野球史上4人目の超快挙。当然ながら初安打・初打点も記録しました。更に6月30日には三塁手として初先発出場も記録しました。その後も徐々に出場機会を増やし、4年目の1963(昭和38)年には背番号1を与えられ、133試合に出場。レギュラーの座をものにしました。凄いスピード出世ですよね。また決して大きな体ではないのに思い切りの良い打撃で、この年には10本塁打を打ちました。以後、引退する1980(昭和55)年までの18年間の内、14年間で2桁本塁打を記録。1969(昭和44)年には何と24本も打っています。また1977(昭和52)年6月12~14日にかけては4打席連続本塁打(史上7人目)の離れ技も。通算236本の本塁打を打っている長打力も兼ね備えた打者でした。
打順は主に二番を打つことが多かったのですが、一番打者だった中利夫が引退してからはその一番を打ちました。途中、巨人の堀内から頭に死球を喰らって打撃不振に陥った年もありましたが、打法を改造するなどして見事に復活。その高木の打撃が最も冴えまくったのは1974(昭和49)年でした。そう巨人のV10 を阻止して中日が20年ぶりにセ・リーグを制したあの年です。 何が凄かったかと言って、あの無類の勝負強さですね。正確な記録は残っていませんが、きっとこの年の高木の得点圏打率は4割近かったと思います。特に9回2死という土壇場でも初球から打ちにいって一発で仕留めることがあって、我々ファンを痺れさせてくれました。優勝への大きなポイントとなった2試合について書きます。
①6月28日 VS阪神(ナゴヤ) この試合は阪神先発の古沢が好投。9回表終了時で6-3と阪神がリードしていました。そして9回も簡単に2死となりました。しかしそこから連打が出て一・二塁となります。ここで代打のウイリアム(「燃えよドラゴンズ」の♬ ~スイッチヒッター ウイリアム~ ♪のウイリアムです)の中前打で1点返します。6-4となりましたが、既に2死。敗戦を覚悟していましたが、何と次打者の一番 高木が初球を一振り。打球は見事に左中間スタンドへ。劇的な逆転サヨナラ3ラン本塁打で、7✖-6で勝利しました(下の添付画像の下の写真)。この試合は東海ラジオで聴いていましたが、本当に信じられませんでした。この後、中日は勢いに乗って6連勝。優勝争いに踏み止まりました。逆に阪神は独走に「待った」をかけられました。ちなみにこの試合の翌日、堀場はナゴヤ球場に観戦に行きました。9-2で阪神を連破。大好きな松本幸行投手が完投勝利を飾ったことを今でも鮮明に憶えています。
②10月11日 VSヤクルト(神宮) この試合に勝つか引分ないとマジックが消滅し、最後の最後に巨人とダブルヘッダーを戦わなければいけない可能性が出てくる、という超超超プレッシャーのかかった試合。8回裏を終了して3-2とヤクルトがリードのまま迎えた中日最終回の攻撃。何とか1死三塁のチャンスを掴みましたが、代打飯田は遊ゴロ。三走の西田は動けません。ここで打席に立ったのが高木。浅野投手の初球のシュートを決め打ち。打球はきわどく三塁手の左を抜ける左前打。土壇場の土壇場で3-3の同点に持ち込みました(下の添付画像の上の写真)。その裏は星野仙一投手が三者凡退に抑え、勝ちに等しい引分をモノにし、翌日の大洋とのダブルヘッダーに連勝して優勝しました。ちなみに通算500試合に登板した星野仙一投手は引退後に「あのヤクルト戦だけはメチャクチャ緊張した。何をどう投げたのかも全く憶えていないし、試合後にコップで水を飲んだ時の右手が震えて震えて止まらなかった」と語っているほどです。それほどにまでプレッシャーがかかった試合でも高木守道は結果を出した、ということです。

1980年に引退するまでに通算2274本の安打を放ち、中日球団史上最初の2000本安打の達成者となりました。現役時代の高木守道。本当にかっこよくて憧れの選手でした。ちなみに草野球チームでは堀場は背番号1でセカンドをやっていました(笑)。
次回は「走」を書きます。
中日の背番号「1」と言えば、
やっぱり高木守道ですよね。
NPB史上最高のセカンドだと思ってます。
強打のセカンドは他にもいるんですが、
セカンド「も」守っていた選手なんですよね。
大体途中からサード、ファーストの
守備負担の少ないポジションを守っていたりして
通算成績を積み増していますから。
落合もロッテ時代セカンド守ってましたけど
セカンドのイメージほぼないですもんね。
コメントをありがとうございます。全く同意です。